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春の俳句

2019年5月31日 (金)

菜の花のしあわせ色のポストかな

 鹿児島県指宿市の最南端の駅として知られる? 西大山駅に設置してある黄色いポスト。
 実は私はまだ行ったことは無いので写真を見ての作句。 あのとんがりの薩摩富士こと開聞岳と、菜の花畑の写真は、テレビや雑誌等のメディアでも取り上げられたことがあるので行ったことが無い人もご存知の方も多いと思います。
 菜の花って見ているだけで何だか明るい幸せな気持ちになってきます。そこに黄色いポストって、何て素敵なんでしょう。 それだけで幸せって感じ!

「あなたの俳句はなぜ佳作どまりなのか」

ドキッ! 私のこと?

2019年5月19日 (日)

桜島見え来る峠花うばら

 今から8年程前のこと。久し振りの帰省で鹿児島空港から、“陸の孤島” と言われる? 大隅半島に居住する母のところへ向かう途中のバスの車窓から見た景色である。 どの辺りだったか地名は定かで無いが、窓から見える左右の至るところに白い可憐な花茨が咲いていたのが印象的だった。
 東京の自宅から母の住まう家まで約6時間。 長い道程の疲れを癒やしてくれる暫しの時間であった。

2014年1月 4日 (土)

かにかくに七種揃へてお粥とす

長いと思われた休暇も明日1日限り。休暇が終わればすぐに七草。
 セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・スズナ・スズシロ・ホトケノザ
何故かこの順番で無ければ覚えられない。
 この七草、近場で自然の植物を自前で摘んで揃えようと思うとちょっと難しい様に思う。勿論買えばセットで揃うかも知れないけれど、やはり七草摘みが楽しいのだ。 結果半分くらいしか揃わずとも、取りあえずは七種類あればそれでいい。

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2013年4月24日 (水)

菜の花や最南端の無人駅

 枕崎指宿線の最南端の無人駅「西大山駅」。
 私自身はまだ行ったことが無く、雑誌に掲載されていた写真に感動して作句。私の見た写真は春先から夏頃の写真で菜の花は写っていないけれど、ネットで探して見るとやはり菜の花が咲いている写真がありました。この様な田舎の無人駅には菜の花が実に良く似合います。因みに、菜の花が咲くのは1月頃かも知れません。私が今年帰省した折にも1月中旬に咲いておりました。
 可能なら自分の足で歩いて、この目で見て、空気を吸って、香りを嗅いで体全体で実感して、自身で撮った写真を添えて句を掲載したかったのですが、写真を掲載出来ないのが本当に残念。ごめんなさいです。ネットでご覧ください。


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2013年4月19日 (金)

母の日の一円玉の貯金かな

 昨年の母の日に、小学生の子ども達4人ぐらいが、100円ショップで、「あれがいい、これがいい」と言いながら数本の造花を一生懸命に選んでいた。恐らく「母の日」のプレゼント用として、一人100円ずつを出し合って花束を贈るのだろうと、微笑ましく思いつつ暫し眺めていた。そして自身の子どもの頃に思いを馳せた。
 私の子供の頃は満足にお小遣いが貰える家庭では無かったので、せいぜい肩を叩いてあげるとかそんなことしか出来なかった。日本そのものがまだ貧しい時代だったし、どの家も似たり寄ったりだが、月極めで300円~500円貰っている子もいた。月極めで貰える子が羨ましかったが、一応我が家もほぼ毎日5円は貰えていた。そんな状態でどうやって一円玉を貯金したのか余り覚えていないが、1円玉を少しずつ貯めたそのお金で確か櫛を買った記憶がある。勿論1円玉数十枚?で買える様な非常に安価な物であったこは言うまでもない。



「母の日」 ギフト

2013年4月16日 (火)

発車まで笑顔でゐたる春の駅

 出会いと別れの春。高校・大学入学、就職などで初めて親元を離れて行く人も多いと思う。別れの場所もバス停や駅、港での別れもあるだろう。
 今年も掲句の様な光景は見られる(た)だろうか。現代っ子は、女性はともかくとして男性も割と平気で人前で泣く人が多くなった。母娘なら抱き合って泣きながら、涙、涙の別れの姿も見られたかも知れない。

 1981年の映画 「駅・ステイション」 で、いしだあゆみさんと高倉健さんの別れのシーン、いしだあゆみさんが雪の駅で列車に乗り込み、溢れる涙をこらえ、敬礼をしておどけながら、懸命に笑顔を作ろうとして顔を歪めるシーンが余計に悲しみを誘い、ストーリーは殆ど忘れてしまったのに、あの表情はとても印象に残っている。

 昔は「顔で笑って心で泣いて」という時代。性格もあるだろうが、現代人ほど余り人前で涙を流す人は少なかった様に思う。私自身もそうだ。

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まだ爪に残りてゐたる蓬かな

 先日散歩がてら蓬を摘みつつ戻ってきた。この時期、或いはこれから蓬摘みされる方も多いのではないでしょうか。掲句の様な経験された方も多いと思います。土筆を摘んだり、蓬を摘んだりすると、摘み草の色や匂いが爪の中に残ってなかなか抜け切れませんね。でも、蓬の香りは好きです。
 気のせいかも知れませんが、年々蓬の自生が少なくなっている様な気がします。実際はどうなんでしょう。

2013年4月 2日 (火)

散り残る花にも命ありにけり

 昨年、殆ど葉桜になり、誰もいなくなった桜の木の下に一人立ってふと思った。僅かに散り残った花が必至に生きている様に見えた。 決して満開の華やかな花の時だけが生きているのではないんですね。花そのものは終わりを告げても、葉も枝も幹も生きている。
 やがて葉も落ちて枯れ木になっても、根っこはしっかり生き続けており、来年咲かせるためのエネルギーを蓄えている。
 つい満開の時だけに心を奪われがちになり、当たり前と思えることを見失っていた。 たまには、誰もいない木の下で、じっくり見つめるのもいいものだ。

2013年3月27日 (水)

わつと来てさつと引きたる花吹雪

 今はどこを見ても、桜・さくら・サクラ。
 東京での花の命はあとどの位でしょう。今週末まで何とか持ちこたえて欲しいと願っている人も多い事でしょう。
 この満開の桜の華やかさも人の賑わいも、花が終わりを告げると共に元の静かさに戻っていくんでしょうね。
 満開の桜の時にはワーッと人が溢れるけれど、やがて花の時を終えて、完全に散って葉桜になったときには、サーッと波が引いた様に誰もいなくなる。
 昨年、葉桜になった桜の木の下に立っていて、もはや桜の木の下にいるのは私一人だけ。あの賑わいは何処へ行ってしまったのかと、ふと淋しさを感じつつ作句した。

2013年3月13日 (水)

一村を覆ひ尽くして梅咲けり

 2011年、「吉野梅郷」に行った時の情景を思い出しての句。 もう一つの句「郷一つ覆ひ尽くすや梅の花」を投稿直後に出来た句で、「郷一つ」が入選したなら、こちらも「あわよくば……」などと卑しい心が働いて、他の投稿先へのチャンスを待ってブログ公開を控えていましたが、同じ様な句になってしまうので投稿は諦めました。 “多作多捨” が大事と言われますが、まだそこまで到達していないので、たった1句に拘っている。

  

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