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2013年6月10日 (月)

一遍聖絵(いっぺんひじりえ)

 東村山市には国立のハンセン病患者の収容施設があります。その敷地内にある国立ハンセン病資料館で「一遍聖絵(いっぺんひじりえ)・極楽寺絵図にみるハンセン病患者」(5月11日~8月11日迄)というのが開催されているので、6月初旬に見てきました。
 正直、この展示を見るまで「一遍聖絵」に対する知識がありませんでした。「一遍聖絵」は、一遍上人の弟子聖戒(しょうかい)が編纂し、円伊(えんい)という人が、一遍上人の全国行脚の布教活動を忠実に記録したもので、貧富・貴賤の分け隔てなく民衆に仏教を説く一遍上人の姿や、乞食、ライ病者と思しき人が追い払われたりする姿等、当時の底辺で生きる人々や社会背景が描かれており大変貴重な資料で、国宝になっているそうです。
 「一遍聖絵」の展示を見終えた後は、ハンセン病患者の収容施設での生活や歴史など写真や生活道具の展示物、患者さん達の制作した芸術作品等を見てきました。長い間、社会の偏見や差別に耐えながら苦しい生活を強いられてきた患者さんたちのこれまでの人生を思うと、言葉も無く少し重い気持ちで帰ってきました。
 考えてみると、今居住している東村村山市にも、私が生まれ育った故郷の町にも国立ハンセン病患者の収容施設があり、不思議な縁を感じました。若いころ私の知人もその収容所で看護師として働いていて、「うつることもないし、普通の人と変わらないのよ。」と言ってたことを思い出しました。

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小舎人が乞食を追い払っている

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白い覆面を巻いている人がライ患者と思われる

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コメント

ハンセン病患者に対する社会の処遇は歴史上汚点の一つですね
ハンセン病に対する知識の欠如を考えれば理解できなくもないかもしれませんが
罹患「した人の気持ちを思うと苦しいですね

しかもその差別は昭和40年代まで続いていました
(一部は今も)
その一因は伝染性に対する誤解ですが
これがまたややこしく
例えば映画ベンハーの時代(キリスト生誕のころ)には
ハンセン病菌は伝染性があったのだそうです
その後菌はその性質をかえ伝染性を失った・・・ということですが・・・

もちろん今はうつらない病気という定義が確立しています

hawkさん
そうなんですよね。治療薬が発達していない時代は感染症だったんですよね。
「ベンハー」 か。 良かったですねー。 
潜んでいたのは洞窟でしたっけ?
それと、「砂の器」 も印象深いです。

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